―― 藤井さんが関わった作品は、クレジットされているものだけで大映12本、東宝5本、年数的にも長い付き合いですね。
東宝映画でやっていた頃、東宝の連中に言われたことがありますよ。「藤井さん、市川さんと随分長くやったでしょ」って言うから、「そうだよ」って言うと、「あの人に怒られないようにやるにはどうしたらいいんですかね」とか言うんですよ。やっぱり、一時期、すごかったですからね、あの金田一シリーズの頃というのは。そうすると、宣伝部だとか企画部だとか制作部だとか、市川さんに怒られるんですよ。猛威を奮われているもんだから、ビビっちゃってね。「いや、僕は、テクニックもなにもない。そんなの僕も分からないけども、そんなに怖がることないじゃないですか」って言うんですけど。
東宝でも、今、社長になったり、トップクラスってのは、市川組で怒られたり、いろいろなことをして育ってきた人たちですから。
―― 大映時代は、どうだったんですか。
結構、そりゃ、うるさかったんじゃないですかね。僕なんか、そんなに怒られたことはないし、なんとなく平気でやってきたけれども、それは、僕も若いからじゃないですかね。それと、僕なんかわりと、大映でも、新しい日本映画の頃から入ってきているから、古い日本映画の体質ってのは知らないんですよ。だから、考え方やなんかちょっと違っていましたから。みんな恐い恐いっていうけど、そうかなあって思って。感度が鈍いんじゃないかなぁ。
それで、僕は本数をたくさんやっているんですよ。社員だから、監督もこの人専門ということは許されないわけですし、年間で人の3倍ぐらい働いていたから、どうしたって多くなってくるんですよ、市川さんだけじゃなくて増村さんとやったり田中重雄さんとやったり。
だから、数やっていたこと、それから、例えば三島由紀夫さんだとか、いろんな出版社の連中、有吉佐和子さんだとか、ああいう連中と親しくしていましたからね、有吉佐和子さんのものといったら、会社や監督が僕に行ってきてくれってなるでしょ。それで、有吉さんのところへ行って、「『華岡青洲の妻』頂戴よ」とか言うと、「もう、いっぱい来ているわよ」って言うから、「とんでもない、他所の会社がいっぱい来ても、それはやめてくれ」、「あなたにあげればいいんでしょ」、「あたりまえだ」って。そういう付き合いをやってきたから、有吉佐和子さんたちと。三島さんはちょっと上だから、そんな口はきけないけれど。そうやってきたから、きっとそれが良かったんでしょうね。
監督でもね、市川さんのものが多かったから、そうするともう、市川組ってのは、他の人は誰もやらないんですよ。市川さんは次から次へとやるから、もう撮影中に夏十さんと三人で次の話をしているわけですからね。それで時々、いちゃもんがついたりするんですよ。「どうせおまえ市川組だろ」とか言うから、「何言ってんだ、俺は大映の社員じゃないか」ってなるんです。増村さんも本数やったし、島耕二さんだとか古い監督も随分面倒見てくれたから、やるわけですよ、まんべんなく。そうすると、睡眠不足になるのは僕で、文句いわれる筋合いは何もない。
だけど、順序があるわけですよ、監督によって。市川組を尊重しないといけないとか…。だから、駆け出しの新人監督の脚本打合せなんていったら、夜中の12時頃にならないと、僕空かないんですよ。市川さんと終ったら増村と話して、増村さん終ったらまた市川さんとこに行って。おんなじ旅館の違う部屋でやっているわけですよ。だから、部屋から部屋を渡り鳥みたいに行き来する。11時半ぐらいになると、若い監督は部屋で寝ていて、「すいません、すまないねえ」とか謝らなければいけない、待っているんですからね。掛け持ちですよ。島耕二さんとかには礼儀があるから日にちを変えますけど、若い人はそんなことかまっちゃいられない。
それで、市川さんが、「明日何時にする?」「 10時に成城集合」、なんて言うと、他のことを全部放り出して10時に成城へ行かなければいけない。僕も、誰にも文句言わせないから、増村さんも、「しょうがないよ、市川組だろ。で何時に空くんだ」、「じゃ、8時に新宿で待っててよ」とか。
―― 藤井さんは、いったい、何本の映画をやられているのですか。
200近いですかね。そりゃそうですよ、朝から晩までこきつかわれて。それで月給でしょ、ボーナスだって違わない。
そのかわり、というか、僕だけ、ハイヤーの使用料が、他の企画部の連中全部一緒にしても、僕の方が多いんですよ。酷い時はね、菊島隆三さんという有名な脚本家が浅草の近所に住んでいて、撮影所からハイヤーに乗って行くでしょ。打合せやっていて夜中になるわけですよ。ハイヤー、ずーっと待たせて。あの時、ハイヤーがいるのを忘れて帰ってきたことがある。
だから、やっぱり、本数をやったり、きつい仕事をやっている方が、どうしたって仕事を覚えるし顔もひろくなるんですよ。そうかといって、大巨匠のところへ売り込んでいって、やらせて下さいなんて言ったって、絶対やらせないですからね。おまえなんかいらないって言われて。そのかわり、会社のいうことを聞かないときもあるわけですよね。
それで、市川組だけが猛烈にきついかというと、そんなことはないんですよ。きちんとやろうと思えば、どうしたって時間もかかるだろうし、労力も使うだろうし。
―― 現場の雰囲気はどうだったんですか。船越英二さんが、市川組の撮影は、毎日楽しかった、と言っていましたが。
それは、そうですよ。ただ、やっぱり、市川組だとか、溝口健二さんの組だとかっていうのは、やっぱり、みんな緊張度が違う、緊張度というか、あまりミスはできないという。で、半分以上は楽しい仕事をしているわけですよ、好きだから、面白がって。それで決して、のんびりしていたからっていうので、メチャクチャ怒られるってことはあまりないですよね。
―― しかし、藤井さんのタフな仕事ぶりには驚きました。