―― 「おはん」でカメラマンデビューを果たしますが、そのいきさつは。
監督は、カメラマンと照明を前作と変えると言っていた。カメラマンは宮川一夫さんにやってもらおうと思っていた。だけど、宮川さんは、篠田正浩監督の「瀬戸内少年野球団」(1984)の撮影が遅れていて。何日も遅れていた訳ではないけど、仕上げがあった。宮川さんは、全うしないと次の仕事を受けない人。それで、宮川さんは駄目だった。
俺は、何故か助手が嫌になって、そろそろ一本やりたいなぁと思っていた。まだ、誰にも話さず、心の中で一本やりたいなぁ、と思っていた。そしたら、大橋さん(録音・大橋鉄矢)が、「カメラマン、誰かいいやついないか」と聞いてきた。「大橋さん、俺、どう? 大橋さん、俺、立候補するよ」「えっ、ほんとかよ。やる気ある?」「ある、ある、何とかお願いしますよ」「よし、わかった」。
そしたら、その時、撮影所にいたんだけど、30分もしないうちに監督に呼ばれた。それで、小さい部屋で二人、監督に「ほんとか? お前カメラマンになりたいのか?」と聞かれた。「なりたい」と言うと、ほんとか、ほんとか、と何回も聞かれ、「そうか、カメラマンは、大変だぞ、助手とは違うぞ」と言った。「そんなことは分かってます。でもやりたいです」って言うと、「そうか。やるか。小林節ちゃん(小林節雄)も、そうやって育てたんだ」って言うんだよ。「そうか、やるか!」「お願いします。お願いします」「よし、わかった! これから、わしが制作部長のところへ言って、話して来る。だけど、助手会の方は大丈夫か?」と。東宝の撮影部は、自分がやりたいと思って、チャンスを掴んだ人は出て行っていいという考えだった。加藤雄大さんも木村大作さんも途中から出て行った。だから、助手会の問題は全てクリアだった。かたや市川監督が言ってくれたのが効いたのかもしれない。
会社内では、「市川さんが五十やん使うんだってよ」と吃驚していた。制作部長が、監督の話を聞いた後、俺のところへ飛んで来て、「お前、市川さんでデビューするのか」と言うから、「ええ、あのー、そうお願いしました」って言うと、「お前、新人は若い監督とやるんだよ。市川さんの大作、お前、大丈夫かぁ」。「だって、市川さんがいいと言ってくれてるんだから、いいじゃないですか」って、会社側も監督がいいと言っているので、認めてくれた。
それで、これも縁なんだけど、カメラテストでイマジカへ行ったら、ばったり宮川さんと会った。宮川さんとは、「影武者」(1980年 黒澤明)で一緒にやっていた。「おはん」のカメラマンをやることになったことを報告すると、「五十ちゃんならいいよ。大丈夫だ、絶対できる」と言われ、ますます嬉しくなった。お世辞かどうか分からないけど、そういうことを言われて自信がついた。宮川さんと会えてほんとうによかったと思った。
俳優も、石坂さん、吉永さんと一緒に仕事をしているし、スタッフも斉藤禎一(録音)、橋山直巳(スチール)、松枝彰(制作)
など仲間たちで、バックアップの体制が整っていた。後は、うまく自分の助手を選べばいい。それともうひとつは、カメラマンの命のタイミングマン(ネガフィルムからポジを作る際に、色味や焼き度を調整し、一本の映画のルックを決める職人)。市川さんが使っていた、日本のトップクラスのタイミングマンで、イマジカの荒井正一さんという人がいるんだけど、「火の鳥」の前に、市川さんと荒井さんが喧嘩してしまっていた。だけど、僕は、荒井さんのような人でないと駄目だと思っていた。市川さんは、リテイクを平気でやるから、これは後で絞めれば直りますよと言ってもそれは通用しない。
―― タイミングを変えることで済む問題が、撮影のやり直しになってしまうということですか。
いや、本当は、タイミングを変えるのは良くないことなんだよ。10の中の1点なんだよね、調子っていうのは。そこに近づけるだけなんだよ。その10の中の1点にポッと上がってくるのが一番いいんだけど、普通はそこまでやってくれない。それをやるためには、カメラマンとチーフが仕事を終った後、現像場に行って、上がってきたものを見て、やり直しをしてもらったりして、一生懸命合わせるんだよ。だから、そういうことをわきまえてくれているタイミングマンでないと困るんだよ。じゃないと、市川さんは「だめ、リテイク」となるんだよ。
タイミングは、重要なんです。だから、ラッシュが大事なんですよ。編集部は、早く上げて欲しいから、棒焼きしてっていうんだけど、撮影部にしたら、棒焼きなんかしたらすぐリテイクになるからそんなこと出来ないんだよ。
―― それぞれのパートでそれぞれの言い分がある訳ですね。それで、結局「おはん」のタイミングマンは?
結局、荒井さんになった。上がって来るものがノーマル、平均値じゃだめなんだよ。ここだったらキュッといけとか、ここだったらピュッと明るくとか冒険できる人じゃないと駄目だからね。
だから、僕は、自分が一本になったら荒井さんと決めていた。制作部長は、荒井さんは、市川さんと喧嘩しているからだめだと言ったが、タイミングマンはカメラマンが決めるのだから、任して下さいと言った。イマジカの営業マンにタイミングマンは荒井さんで行くと伝えたら、後で、荒井さんがすごく喜んでいると聞かされた。市川さんが荒井さんと喧嘩したのは、他のスタッフとのからみがあってのことだったと思う。市川さんにタイミングマンを荒井さんにすると言ったら、「荒井君か、あの飲ん兵衛か。お前さんがそういうならいいよ。あの飲ん兵衛ね、いいよ。」とあっさりOKしてくれた。市川さんはちゃんと言えば分かってくれる人なんだ。
―― 監督は、スタッフに怒る時、実は逆にあるスタッフへの配慮があったり、ちょっとダラけてきた現場を引き締めようだとか、いろいろと演出があるようですね。
そうそう、あるよ。