―― カメラマンデビューはいかがでしたか?
最初は緊張したよ。4月、近江八幡で、熱でちゃったよ。やっぱり、緊張していたんだろうな、立場が違うと。
―― 助手対監督の間柄ではなくなった…。
もちろん。当然、当然。全然違う。
だけど、4、5日経ったのかな、僕が疲れた顔していたのか、撮影終って、監督が「おしるこ食べに行こう」って言うんだよ。「ああ、いいですね」って、二人で歩いて近江八幡のおしるこ屋に行った。それで、御馳走してくれた。甘いの、おしるこ。うまかったねえ。感謝したよ。あいつ疲れているのかなあって分かっていたんだね。嬉しかったよ、あのときは。あとは、スムーズに行った。最初だけで、後は自分のペースに戻れた。
「おはん」の仕上げの頃、「ビルマの竪琴」のロケハンを始めていた。「ビルマの竪琴」は小林節雄カメラマンに頼むことになった。本当はね、後で聞いてみると、監督の胸の内は、「ビルマ」が俺だったらしい。ああいう戦争ものが俺向きで、「おはん」は本当は違っていた。
―― 宮川一夫さんの『キャメラマン一代』という本の市川監督の頁に、「『おはん』は良い本(脚本)でした。映画もじっとりとした私好みの絵でした。」とありますね。
撮影所で宮川さんと会った時に、作品全体のトーンがすばらしい、カメラが人物に乗り移っている、新人撮影監督賞(三浦賞)だね、と言われて、ほんとに嬉しかった。
―― 「おはん」の後、市川作品の2作目は、「映画女優」ですね。
「おはん」の後、会社から言われ、「雪の断章-情熱-」(1985 相米慎二)、「トットチャンネル」(1987 大森一樹)をやった。社員ではなくなっているけど、契約社員なので、会社からの指示もあった。
相米さんの長回しは、面白かったなあ。演出的にはしつこかったね。午前中は回らない。一日、2カット。そのかわり、シナリオ5、6ページ平気で回すけどね。シーン1から18まで、ワンカットで行きたいって。クレーン3台乗り継いで。ただ、1,000フィートではおさまらなかった。1,500フィートぐらいになった。フィルムは1,000フィートしかないんだから(1,000フィートのカートリッジを装着)、どうしてもシーン18まで行きたいんなら、1カット風に見せればいいんでしょ、と言うと、そうです、と言う。だから、途中、壁で止めてくれと。そこからまたフィルム1,000フィートを詰め直してやれば、なんぼでも回せると。だから、実際は1カットではない。
―― いろいろなタイプの監督、いい映画がたくさんありますね。
助手時代も様々な巨匠についていますが、市川監督、市川作品の撮り方はどうでしたか。
やっぱりね、芸術的っていうか。俺には、合うんだな。合うんだよ。
凝っているのとは違うんだな。自然を生かすというか、なにしろ、お天道様をすごい利用するのが上手いんだよ。へたに間違えてベタになんか絶対にしないからね。ほんとうに、逆光とか、日陰とかさ。8時から5時までとか、だらだらやっているんじゃない、やっぱり、常に監督は条件見ているんだよね、お天道様の。あそこは良くなった、そこへカメラ向けてそこで芝居しろとか。
だから、その日スケジュールに入っていないって言っても、関係ない。慌てるのは助監督。だけど、条件がいいとこ、いいとこ、撮りたいってのは、それはもうテッちゃん(手塚昌明)たち、助監督も分かっているんだけど、間に合わないんだよ。だけど撮りたい、そんなことの繰り返しだよ。いいとこ、いいとこ、撮っていくっていう、そこがまた魅力なんだよ。そういう条件を切り取る。モノトーンで見ててね。この条件はもう一回しかない、だから、これを撮ろうってなるんだよ。高倉健さんだって待たせてたからね。
―― 俳優さんの撮り方は?
これは、すごい。照明さんは苦労するけど、やっぱり普通のライトじゃない。絹をあてたり。そうすると柔らかくなる。それだけど、光量がくっちゃう。だけど、「わしは、撮影所のライト、全部かき集めて持ってくる」って言うから、照明部もライトが足りませんなんて言えない。だから下ちゃん(照明・下村一夫)も、会社に、「いるんだよ、いるんだからしょうがないだろ」って言って持ってきて。平面だとだめなんだよね。サイドでしょ、横からあてて、凹凸を出す。正面からあてると平面になるってのは、監督の持論なんだよ。サイドだけだといろいろ障害が出る、そこをうまく撮らなきゃいけない。
それは、ライティングであれだけ待たせて、ライティングをピシッとやるっていう、そこは、もう普通の監督ではいないんじゃないかな。これからも出て来ないよ。作業的にやらせないでしょうね、時間が掛かるし。あれだけ突っぱねる監督、もう出て来ないと思うよ。で、そういう監督がいないとスタッフの技術も育たない。
だから、ラッシュを大事にしろっていうんだよ。今は、ラッシュなしだって。ビデオになってきたからよけいなんだけど、フィルムではラッシュとらないと。だって、みんなそれで考えていくんだからさ。ラッシュ見て、「ああ、よかったね」とか、失敗したときは、「ああ、あそこを直していかなきゃ駄目だ」とかさ、それがラッシュで一番わかるんだから。それがないと撮影がマンネリ化しちゃう。仕事の基本がなくなっちゃう。それがあたりまえになるから恐いんだよ。分からないんだもの、下の育って行く人は。
そのかわり、ラッシュが恐い。ラッシュ見るとき、ドキドキする。なんでもないふうにしてるけどね。